行き場のなかったたくさんの猫たちとの生活や、保護した猫のことなど猫まみれな毎日を綴っています。 みんなが幸せになりますように!!
昨年夏の手づくり市でご注文いただいた羊毛フェルト猫ですが
猫の保護や里親探し、お見合いや正式譲渡に12月永遠、2月あんこちゃん、4月かいと相次いでのお別れといろんなことがあって、ずっとずっとお待たせしてしまいました。

初代チャト君と二代目チャト君のお写真もたくさんお預かりしたままだったので
きっと首を長くしてお待ちだったと思います。

本当にごめんなさいね。


そしてようやく出来上がりました!



初代チャト君は腎不全で虹の橋を渡りました。






二代目チャト君は16歳、長生きさんでしたね。
あと少しで17歳だった・・・と記憶しています。(違ったらごめんなさい!)


このチャト君は私にとってとても思い出の深い子です。



その頃我が家にはマロンというわんことロビン、ソラン、ミルク、もなか、茶々丸という猫がいました。
仕事でお客様の所へ行くことが多く、車で走っていると運送屋さんの敷地内で相当な数の猫たちを発見しました。

これが私の猫活動の一番最初でした。



母猫に2匹の三毛中猫、それぞれの子が4匹。そこに捨てられた子猫1匹。
運送屋さんの方とお話をしました。
捕獲できた三毛中猫をTNRして子猫5匹は保護しました。





母猫さんは高齢ということもありそのままにしましたが、秋に2匹生んだのを確認しました。
そして台風で荒れる天気の中、運送屋さんに見に行くと、母猫はおらず2匹のチビちゃんたち
(生後1か月くらい)お腹がすいていたのか私を見るとみゅーみゅーいって寄ってきました。

連れ帰った2匹でしたが女の子の方はコクシジウムで数週間後に亡くなってしまいました。


その時生き残った子が2代目チャト君なのです。


初代チャト君を亡くされたOさんが2代目チャト君を迎えてくださったのです。







すくすくと大きくなったチャト君。
たっぷりの愛情でわんぱく小僧になりました。


そして昨年大往生しました。


そんな二人をうまくフェルトで現せたか、不安でしたが本日夜にお渡しすることができました。






そしてOさんからこんなにたくさんのごちそうをいただきました!!
すべてご自分の畑や故郷での食材を使った、愛情のこもった手作り料理の数々です!





こういうのたまりませんよね~~~~!

こんにゃくは手作りなんです。こんにゃく芋から作るそうです。
だて巻きも手づくり!!すごいです!  おいしいです!!


きんぴらにヒジキ煮物、ふきみそ、ごぼうと牛肉の煮物、のらぼう菜のお浸し。

どれも優しいお味で本当においしいです。
こういうごちそうが何よりもうれしいですね。
子供たちが巣立ってろくに料理もしない生活。反省しました(汗)


亡くなった子の写真をもとにオーダーで作成する羊毛猫フェルトですが、平面の写真から
見えない部分を想像しながらの制作です。
もしかしたら飼い主さんにとっては「似てない?」部分もあるかもしれません。
時間もかかりすぎるし(笑)


それでもいいよ!  という方はぜひオーダーください。






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ありがとうございます!
3月21日は富士男君の命日です。
4年前の早朝に亡くなりました。

亡くなる前年の8月30日に勤務先の作業場で保護しました。
その時は交通事故に遭った翌日で(朝社員から作業場に事故に遭った子が下半身を引きづって
いたけどもう無理だろうなという会話を聞いてすぐに作業場に行ったのです)姿は見えませんでした。

にゃんにゃん?  という私の呼びかけにかすかな声で「にゃ~」と返してくれて
フォークリフトの下にいたのがわかりました。

すぐに小ケージを持っていき毛布でくるんで入れて、知り合いにお願いして病院に搬送してもらいました。

骨盤骨折に後ろ足は骨折痕あり。白血病におなかには鉀虫(こうちゅう、この字かな?)がいて
出血も多く貧血。

すぐに入院しました。


富士君 富士君 富士君 富士君



5度の入退院。
結局膀胱マヒで最後はカテーテルを膀胱に入れての導尿を自宅で行いました。
圧迫排尿がどうしても難しいのと、下手をすると膀胱破裂もあると言われていたので
怖くてできませんでした。


いい時は5kg代まで体重も増えて毛の艶もぴかぴかでしたが、そんないい状態は長くは続かず
輸血も病院の先生のお仲間の猫さんから頂戴したりもしました。

亡くなる2,3日前からお刺身も食べなくなり、もう頑張らなくてもいいよと
ずっと頑張ったんだからもう苦しまなくてもいいよねと、そんな思いの私を見透かすかのように
静かに息を引き取りました。

ずっと見守っていました。息を引き取る前に何度も咆哮していました。
声にもならないかすかな声でしたが、両手両足をつっぱってそれはそれは見事な引き際でした。


何を食べて生きてきたのか、信号機のないトラックの行きかう道路を渡ってははねられて
顔には無数の雄の傷。

先生もほめてくださるくらいいい子で治療させてくれて、私に色々なことを教えてくれた富士男くん。







今どうしていますか?
みんなと仲良くしているよね?


もう少しあなたと長く一緒にいたかったよ。

何も出来なくてごめんね。


富士男くんの回復をみんなに知っていただきたくて始めたのがこのブログです。
もう5年も続けられているのは、富士男くんががいなくなってしまってからも
次々に保護される猫たちや人知れず亡くなってしまう子たちのことなどすこしでも
知っていただければとの思いからです。


つたない文章で読み返しては恥ずかしくなりますが、猫を愛する方も猫が嫌いな方も猫ブームで猫に興味を持たれた方も、同じ命のある生き物としてこうした子たちに目を向けて下さればと思います。


ペットショップで猫を「買う」のではなく行き場のない子をぜひ迎えてください。


よろしくお願いいたします。






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ありがとうございます!
たくさんの子を見送りました。

香箱座りから横たわる姿勢になるとあとどのくらいでお別れになるのか
なんとなくわかったつもりでいました。

旅立つときの「匂い」も判断のポイントにもなります。


あんこちゃんは頑張りました。
このブログであんこちゃんの危篤をアップしてから、もう1,2日でお別れだと覚悟していました。

2日添い寝しました。
お昼と夜に会社から帰宅する際は、あんこちゃんがもう冷たくなっていると覚悟していました。

それが4日目となり、お水さえも口から強制摂取も難しくなった今日、昼に帰る私を待っていてくれて、膝にのせて30分、ゆっくりおだやかに息を引き取りました。

あんな状態でも私の声に反応して「あんこちゃん!」と呼ぶと首を動かしたり反応してくれました。

数カ月前からやけに甘ったれになり、私が座れば待っていましたとばかりに膝に乗ってきました。
朝、昼、晩、「あんちゃん、ごめんね」そう言って時間に追われ膝から降ろしていました。






3,4年前の写真です。






気高くて凛としていて美しかったあんこちゃん。

「未だ逝きたくない」って頑張ったのでしょうか。

最期を看取れてお別れできたこと、本当によかったです。


あんこちゃん、さみしい思いばかりさせてしまってごめんね。
ありがとうね。






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ありがとうございます。
今日は14歳で虹の橋を渡った茶々丸の命日です。
2年前、朝部屋に入ったら横たわっていました。
その日の午後息子と看取りました。

前日までは変わった様子もなくあっという間の旅立ちでした。

前の家は借家の戸建でした。
大家さんの事情で退去することになり、この家を購入しました。

ロビン、ソラン、ミルク、もなか、茶々丸、そして犬のマロンの6匹と一緒の引っ越しでした。
もうどの子も虹の橋の向こうに行ってしまいました。




そんな子たちをステンドグラスで作り玄関の欄間に飾っています。
これを作った頃はまだ2匹が健在でした。

毎日6匹に見送られ、出迎えられて玄関を出入りしています。




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ありがとうございます!
うっしー、旧名こうしくん。

推定年齢9歳くらい?

自宅となりの庭で4匹生まれたうちの1匹。
子猫はパパ猫そっくりの全員牛柄(笑)ママギャースカはきじ白さん。

我が家は猫の脱走防止としてぐるりと金網で囲っていたので親子は我が家の庭には
来ませんでした。犬のマロンもいましたしね。

いつの間にかこうしくんだけになり、パパの跡を継いで立派なボスになりました。


多分我が家の向こうの方に本宅があり、そこで去勢手術をしたようです。

耳カットされていました。


そんなうっしーが去勢された腹いせにか我が家に日参するようになり




塀の上や



壁の影から


「おかえりにゃ~!  早く飯よこせい!!」

とせかし





大胆に距離が縮んできました。


なんだか痩せてきて気の毒に思い、庭にベッドを出すと





ちゃんと入ってくれました。

この春に新しいボス猫、茶白の大猫トムが我が家に勢力拡大に来るようになり
うっしーは腕を負傷しました。

そして我が家の猫部屋のゲージで治療開始。
腎不全の数値があまりにもひどくて手の怪我と並行して腎不全の治療もしました。


生粋の野良だったはずなのにゲージの中で出たがりもしないくらい衰弱していました。


5ヶ月ゲージで暮らし最期の2日間は出して室内を自由にさせました。

もう横たわって動けないうっしー。


私に気を遣ったのか夜半に静かに息を引き取りました。

セミのおみやげや、いらなかったけどうれしかったよ。


私はうっしーに何にもしてあげられなかったのにね。



虹の橋を渡って2年、今どうしていますか?








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宗教的なことはよくわかりません。

なので49日がどういう意味合いなのか、よくわかりませんが

身体から魂が抜け出て、身体は荼毘にふされましたが、魂は

私のそばにいてくれた・・・そう考えています。


でももう魂も虹の橋を渡らなくてはいけない、「お母さん、もう行くね」と

2度目のお別れをする日なのかと考えています。


このブログを始めるきっかけとなった「富士男くん」との出会いと別れは

鮮烈でした。

富士君


富士男くんが亡くなっても私の体は、彼が足元をすりすりしたりするのを感じていたのです。


ほんの7ヶ月しか一緒に居られませんでした。

交通事故で動けない彼と出会いましたが、野良生活をしている彼との接点はなかったのです。

骨盤骨折に膀胱の損傷。


ずっとずっと動けない体で頑張りました。

保護当時入院していた先の先生は、便から鉤虫という虫が出たことに驚いていました。

レントゲンで別に骨折の跡が見つかり、野良生活が悲惨であったことが想像出来ました。


そんな富士男くんが一時は体重が5kgになり、毛艶もぴかぴかで男前になり先生も喜んでくださいました。


6回の入退院。最後は私の見守る前で息を引き取りました。






さゆりちゃんはどうだったのでしょうか。


まだ意識はあって私が室内に入ると短く「にゃあ」と呼んでくれました。

そばに行き見守りました。

最期に抱きしめたくて、思わず抱き寄せてしまったその時

さゆりちゃんは悶絶して苦しがりました。


それから数分で息を引き取りました。


後悔しました。

なんて自分勝手なんだろう。かえってさゆりちゃんを苦しませてしまった。

ゆっくり静かに見送ることができなかった。



最初に家族になったロビンという猫を14歳で見送る時にも

私はロビンを抱きしめたかった。

でも息子に「やめたほうがいい」、そう言われやめたのです。

でも後悔しました。

あんなに心通わせて家族だった子です。

そばにいてもやはり抱っこされたかったのではないかと。



その思いが悔いがさゆりちゃんをこんなひどいやり方で見送ることになってしまいました。



ぷりんちゃん、くーちゃん、ぱんだちゃん、すず、グレース、ソラン、マロン、ロビン、ミルク、たろくん、もなかちゃん、茶々丸、うしくん、

どの子にもお別れには後悔ばかりです。


今さゆりちゃんはどこにいるのでしょうか。

無事に虹の橋を渡れたのか心配です。


最期にあなたを苦しませてしまった、お別れを早めてしまった愚かなお母さんを許してください。








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さゆりちゃんが虹の橋を渡って1ヶ月が経ちました。

お母さんは毎日布団に横になると、さゆりちゃんが来て腕枕で眠っていたあの幸せな時を思い出し涙しています。




きっと何年たってもこの思いは変わらないと思います。


ついこんな本を買ってしまいました。










素敵な絵本です。

痛みもなく楽しい暮らしを虹の橋の向こうでしているなら、そんな嬉しいことはありませんね。





そして今ここにいる18匹も何れは見送る日が来ます。

その日のためにしっかり学んでおきたいと思います。





お別れは本当に辛く、心が張り裂ける思いですが、乗り越えていかなければいけない試練ですね。


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くーは青野原という津久井のかなり山の中の住宅地で、勤務先のパートさんからの相談で保護した子です。
冬には相当気温が下がり野良で暮らすには厳しい環境。生まれて半年くらいの子猫が冬を迎えるのを心配していました。

捕獲器を知人に借りてその子を捕獲。野良ちゃんではありましたが、人を拒絶した様子はなく我が家に来てから直ぐになれてくれました。

11月に家族に迎えたその子はくーと名付けました。

ロシアンブルーみたいなグレーの毛色で胸は白く可愛い男の子でした。


年が明け風邪引き症状が出ていたくーを病院に連れていかねばと思いながら、もはや手遅れでした。

伝染性腹膜炎、ワクチンもない病気でした。

入院した日の翌朝早くに虹の橋を渡りました。


お昼には歩いて水を飲み、「くー」と呼び掛けた私に「にゃおおん」と返事をしてくれました。


初めて亡くした子でした。
厳密に言えば、生後1ヶ月の子をコクシジウムで前年亡くしていましたが、余りに小さく埋葬したのです。



病院の紹介で近くの動物霊園に火葬を頼みました。
個別葬、合同葬。

立ち会えないことやお骨を見る事へのためらいから合同葬にしました。


それからソラン、すず、ぐれ、パンダ、ロビン、ミルク、富士男、マロン、たろ、もなか、茶々丸、うしを見送りました。


皆をくーと同じに合同で見送りました。誰も特別に区別をしてはいけないと肝に銘じていました。


去年里子に出した子が一歳で病死してしまった時、若い里親さん兄弟が背負う悲しみを少しでも私が背負いたいとその子の葬儀に立ち会いました。


自分の猫たちは見送れなかった、その行為を体験して、見送った子達に申し訳なさを痛感しました。

私がお骨を拾い納めるべきなのに。そうして欲しかったろうに。


               仕事で行けないことを大義名分にしていたのかもしれません。


くー、みんな、ごめんね。
弱虫のお母さんを許して下さい。                                                       


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茶々丸がこの世を去って1年になります。

茶々丸は14才で旅立ちました。


生後3ヶ月位の時、当時勤めていた会社の裏で鳴いていた所を保護しました。

大きな体で甘えん坊、おっとりさんでした。


虹の橋の向こうで皆と仲良くしているのでしょうね。

ちゃっくん、又会いたいね!





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きょうは2年前に16歳で亡くなったまろんの命日です。



気立ての良い美人な子でした。

残念ながら打合せがあり見送ることができませんでした。

今頃はロビンやソラン、ミルクやもなちゃん、茶々たちと仲良く暮らしているのかな。

まろん、ありがとう。大好きだよ。




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にゃおこ
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職業:
会社員
趣味:
猫もの収集、羊毛フェルトで猫制作
自己紹介:
「みんにゃの家」代表

捨てられたり、野良の子として生まれ危ない環境にいたり、事故に遭って弱っていたり・・・そんな子達を保護しています。

里親様とのご縁をつなげる活動や、ママ猫のTNR,活動資金調達のためのてづくり市の開催など行っています。

将来的には一人暮らしをされている方と猫が安心して暮らせる場所を作りたいと考えています。

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